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「廃プラチックリサイクル施設を操業させない仮処分」申請後、シンポジウムを開催

 前回の予告通り、今回は「廃プラチックリサイクル施設を操業させない仮処分」を大阪地裁に申請した後にあたる2004年7月17日に行ったシンポジウムについて、5名のパネリストの発言の要点を紹介する。このシンポジウムでは杉並病関係者にも講演してもらい、杉並病のような被害を繰り返さないためにはどうすればよいかに焦点を当てていた。会場である寝屋川市民会館大ホールには650名が参集してほぼ満席になり、住民の関心の高さが示された(以下、敬称は省略、職業などはシンポジウム当時の記載から転記した)。

 当日講演いただいた5名のパネリスト

 左から、植田 和博(京都大学教授)、勝木 渥(信州大学元教授)、樋口 泰一(大阪市立大学元教授)、柳沢 幸雄(東京大学教授)、村松 昭夫(寝屋川廃プラ公害問題弁護団長)[敬称略]


植田 和弘(京都大学教授、専門は環境経済学。廃棄物問題で政府の審議会委員を務め、元寝屋川市廃棄物減量推進会議会長。写真左端)

 予防原則の実行を求めている市民の活動には意義がある。問題を解決するため、行政と住民の間で合意を取り付けることが必要。

 

 化学物質が氾濫する中、これ以上、環境中の化学物質を増やすべきではない。私たちもできるだけ使わないことが大切。


勝木 渥(信州大学元教授、杉並区環境審議会元会長。写真左から2番目)

 1997~2001年まで 、杉並区環境審議会の会長を務めた。東京都や杉並区に行政による報告書を確認したいと伝えると、確認したいものとは異なる報告書が送られてきた。資料請求でも同様だった。その場限りの応対で、行政の不誠実さに怒りを覚えた。

 

 諸調査報告書にみられるゴマカシの例として、ダイオキシン濃度注)がある。大気環境の測定値は1.0pg-TEQ/㎥で基準値(0.6pg-TEQ/㎥)を上回っている時もあった。しかし東京都清掃局によれば、1.2 pg-TEQ/㎥(6 月)のところもあったのに、8 月には 0.45 pg-TEQ/㎥ になっていたから杉並区は大丈夫だと。

 

 行政による杉並病の調査報告書は「はじめに結論ありき」で、「被害は当初あったが今は問題ない。」だった。疫学調査についても「今、沈静化している。」との結論だったが、発生率の算出の仕方に問題があった。しかし「問題ない、沈静化している」が一人歩きして、その結論を杉並区以外の自治体が採用することになってしまった。

 

 杉並区と寝屋川市の廃棄物処理施設について、共通するのはプラスチックを集めて加工することだろう。杉並区の場合はプラスチック以外のゴミも混ざっていたが、寝屋川の場合プラスチックだけなので、杉並病よりもっと過酷な事が起こるのではないかと心配している。

 

 会長を務めた身として残念であり、責任を感ずる。このような公害を防ぐのが自分の使命と思う。


樋口 泰一(大阪市立大学元教授、プラスチックの専門家でダイオキシンや化学物質毒性にも精通。写真左から3番目)

 プラスチックは劣化し、高分子が低分子化して有害ガス等となり、環境を汚染する恐れがある。

 

 プラスチック製品を最初に成型するときには環境汚染にならないような対応がとられているが、二度目の成型のときは原材料が劣化によって別物になっているため、有害物質が発生しやすいと考えられる。充分な確認をしないで再処理を始めるのは危険である。

 

 廃棄された種々のプラスチックが混合したところに光や熱や圧力や摩擦などの作用が及ぶと、複雑な化学反応をおこして様々な有機化合物が発生する。

 

 杉並病の場合も住民がガスとして曝露した有機化合物が何だったのか、様々な物が発生していたために特定することは困難だった。気体状の化合物として500 種類程度が検出され、うち200種程度だけが同定することができた。


柳沢 幸雄(東京大学教授、専門は環境システム論、著書に「化学物質過敏症」(文春新書)、疫学にも精通。写真右から2番目)

 化学物質過敏症を発症すると、目、鼻、耳,腹など様々なところに不調を感じる。頭痛、倦怠感なども起こるが、これらは過敏症以外でも出るので、過敏症を発症したかどうかの診断は難しい。

 

 化学物質による被害を考える上で、下記の4つのポイントを強調したい。

 

1.推定無罪か推定有罪か。刑法では有罪立証までは無罪だが、化学物質は規制値が決まっていないときの対応は

  有罪とすべきだろう。規制値を決めるには犠牲が必要だからだ。

 

2.たとえ有害な化学物質であっても発生源から全く拡散しない場合は、被害を及ぼさない。

  有害なヒ素が岩石に含まれている場合、岩石中に留まっている場合は、被害は起こらない。

 

3.副作用の可能性。DDT殺虫剤はチフスや虱の予防に使用されて大成功とされた。当時は効果があれば推定無罪だった。

  現在もマラリヤに使用されている地域もある。しかし,「沈黙の春」で危険が指摘され、DDTの輝かしい歴史は終わった。

  21 世紀は副作用について考えるべき時代。

 

4.二律背反。 たとえばDDT は使いたくないが、マラリヤは予防しなければならないという現実がある。シックハウス症候群は、

  地球温暖化対策として住宅の高気密化が進んだことも増加要因となっている。二律背反する場合、双方のリスクの和が最小に

  なるような工夫が必要。


村松 昭夫(寝屋川廃プラ公害問題弁護団長、日本弁護士会公害対策元副委員長、西淀ぜん息公害弁護団。写真右端)

 今回の場合、施設が操業されると住民の健康に被害がおよぶ恐れがあるという緊急性を要したことから、廃プラチックリサイクル施設を操業させない仮処分を申請した。

 

 この裁判の最大の課題は施設が安全かどうか、また危険である可能性のあるものが、どういう手続きの中で安全性が確認されるのかを争うことだ。

 

 施設側は「類似施設があるので、その調査結果を出したい。」と言っている。しかし、それが本当に類似施設かどうか、信頼性の高い調査・分析なのかどうかが不明である。1 日 50 トンも廃プラスチックを処理する施設により健康被害が起こる可能性があるという事例なのに、この程度の調査でいいのかといった事が争点になってくると思う。

 

 日本では道路、廃棄物処理場など、企業や公共施設から公害や環境破壊が起こっている。危険性のある施設を造り操業する場合は、事前に十分な調査をおこなう、その時点で最高の技術で対策を施す、それでも防げない場合は操業を止めるという原則が確立されるべきだろう。

 

 これまでの日本の公害裁判は水俣病のように被害が発生してから、被害者が損害賠償を請求していた。これからの公害裁判は“人の命や健康は元には還らないのだ”という過去の事例を教訓にして、被害が発生する前に防止する事が重要だ。今回の裁判はまさにそれに当たり、裁判所にはその重要性を訴え判断を求めていきたい。


注)ダイオキシン類の大気環境基準は0.6pg-TEQ/m3以下とされている。pgはピコグラムと呼び、

1 ピコグラム [pg] = 0,000 000 000 001 グラム=1兆分の1グラム 0.6pg-TEQ/m3以下


 なお環境基準の対象となるダイオキシン類とは、ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、コプラナーポリ塩化ビフェニル(Co-PCB)という3物質の総称。これらの物質は、塩素の数や配置が異なる異性体が数多く存在し、異性体によってその毒性が大きく異なる。このため、ダイオキシン類の濃度を評価するにあたって、各異性体の濃度を毒性の最も強い2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの毒性に換算して合計した毒性等量(TEQ:Toxicity Equivalency Quantity)により表す。